〜『鉄道ファン』1987年6月号から〜

拝啓 JRグループの社長さま

ヒョウタンからコマ!……?

国鉄改革法案が国会を通過して間もないある日,鉄道ファン編集部から,1本の電話がわれわれのオフィス,『フリーランス・プロダクツ』に入った.「君たちも,いろいろ考えた車を,1/80や1/150のスケールで作っているのでは物足りないだろう.ひとつ1/1,いや,実物の車両を企画してみないか!ちょうど国鉄も民営化されるし,ひょっとするとプランが実現されるかもしれないぞ!」受話器を置いた自称“技術部長”の岳志が目を輝かせたのは言うまでもない.さっそく,これまた自称“デザイン部長”の公佐とああでもない,こうでもないの議論が始まった.
 「六つの旅客鉄道会社のイメージリーダートレインを企画する」.こんな身のほどもわきまえない標題をまず決定し,できるかぎり実現性の高い,それでいて各社にとって魅力的な商品となるような車両を目標とすることとなった.岳志はやおらセクションペーパーを引っ張り出し,何やら計算しながら図面を引き始めた.公佐はマーカーを握りしめ,スケッチブックの紙を大量にゴミにしている.互いに,相手のペースに巻き込まれたかな?と思いつつ,岳志の頭も,公佐の頭も,超高速で回転し始めた……….
 拝啓,JRグループの社長様!こんな夢のある車両はいかがでしょうか?

JR北海道 フライトナンバー508室蘭発羽田行

1)開発コンセプト
空港の無い北海道の都市と千歳空港を結ぶ航空機搭乗者専用列車.乗車する駅で荷物とともにチェックイン.ここでは乗車券ではなく搭乗券を提示し,搭乗予定の航空会社のバゲージタックを荷物に付けて半券をもらう.預かった荷物は航空機用のカーゴコンテナに積み込み,これを列車に搭載して,千歳空港でコンテナごと航空機に積み替える.このシステムにより,乗り換え時間を短縮できるほか,乗客の方は体一つで航空機に搭乗することができる.あとは,いつもの航空機と同じで,1時間余りのフライトの後,羽田のカウンターでコンベアから出てくる自分の荷物を待つこととなる.もちろん,逆に羽田からの場合も,最初に終着地を指定することにより,同様のサービスが受けられる.このシステムの列車は室蘭ほか,小樽やニセコ方面の空港の無い地区,また航空便の少ない旭川や帯広に対しても,フリークエントサービスを確保することにより設定することができるのではないだろうか.車両は航空機でのサービスに劣らないレベルとし,1~2時間の乗車時間に適した構造でよい.運賃は航空料金に含み,航空会社との契約は車両または列車単位とする.

JR北海道 フライトナンバー508室蘭発羽田行
JR北海道 フライトナンバー508室蘭発羽田行 編成図

2)車両の構想
近く想定される711系置換用の近郊形交流電車をベースに,構体を利用して内装を異なる仕様で製作することとした.ポスト711系は,ステンレス車体で冷房付,1000mmの片開き扉を片側2カ所に設けた酷寒地向けの近郊形構造とする.走行システムは,713系を50Hz用に変更した,交流回生ブレーキ付のサイリスタ位相制御で1M方式とする.サービス電源は主変圧器から供給する.編成は,通常Mc-Tc編成を基本とする.航空機連絡用とする場合は,基本構体を利用してドアの位置は同一とし,空港駅での乗り換えをスムーズにしている.このほかに,カーゴコンテナを搭載するTsgcを併結する.内装は各車とも専用に変更,座席は床をカサ上げしたセミハイデッキとし,航空機タイプのシートを970mmの間隔で集団見合い形に配置する.照明は間接照明とし,荷物棚は,手回り品程度のためボックス構造として極力航空機に近づける.Tc車にはトイレを設け,トイレの反対側には航空機と同等のサービスを行なうためのギャレーを設ける(トイレの入り口は出入台側に設ける).Mc車は雪切室を設け,ギャレーは前位寄り雪切室の反対側としてシートサービスを行なう.後位の雪切室の反対側は,IC等を利用した位相制御ユニットなどの弱電機器を納め,冬期の寒さから保護する.主回路のサイリスタへの点弧指令は光ファイバーを利用し,ノイズの影響を排除する.Tsgc車は,カーゴコンテナを4個搭載するスペースを確保する.出し入れは,2600mmの両開きプラグドアとする.千歳空港駅には,このドアに対応した,積み下ろしの設備と航空機までの輸送設備を新設する.車内のコンテナ移動用には航空機同様,床の各所にコロを配置する.残ったスペースはスーパーシート(グリーン車に相当)利用客用の特別室とし,トイレも設ける.このTsgc車をはずせば,航空機連絡用以外の用途にも流用ができ,逆に,他の編成にTsgc車を併結すれば,航空機連絡代用として使用することもできる.ここでの設定は電車としているが,同様の構造を気動車により構成することもできるであろう.航空機とのつながりを重視されているJR北海道にいかがであろうか.

JR北海道 フライトナンバー508客室

3)車両のデザイン
①エクステリアデザイン
エクステリアデザインー特に前頭形状ーを検討する時に,断面形状と割り付け=運転台スペースが大きな影響を与える.北海道向けのこの車両の場合,軽量ステンレス構体と1600mmの運転室スペースでは流線形などとても望めないし,またこの車両の用途からも必要でないだろう.一般にステンレスは固く,また無塗装とする場合がほとんどであるので,複雑な前頭部分には向いていない.211系がそうであるように,FRPを用いる方が効果的であろう.この車両も運転台サイドの小窓までをFRPで構成している.スタイルとしては,中央に貫通扉を設けた3面折れの構成であるが,前面と割り切って,上部は断面に沿わずにシャープなイメージとなるようにした.また,視界の点で問題があるかもしれないが,貫通扉には窓を設けず,JRの文字を入れてアクセントとした.帯色はもちろん,コーポレートカラーのライトグリーンである.
②インテリアデザイン
各部位についての考えかたについては,車両の構想で触れているので,スケッチに表わした一般室の座席まわりについて述べておこう.
 シートは航空機タイプのものである.ただし航空機と車両鉄道とでは振動特性が違うので,そのままというわけにはいかない(もちろんコスト的にもむずかしいが).航空機のシートが良いと感じられるのは,実は機体が揺れないからである.シートの上張りは,平織りの生地としたい.モケットよりも耐久性に劣るが,汚れたら張り替えればよい.丈夫だが汚いままにいつまでも使うよりははるかによい.固定シートは新幹線200系での評判のように,日本では受けがよくない.しかしシートピッチの有効利用,シートのコスト低減,軽量化などから考えるともっと見直されてもよいのではないだろうか.特にこのグレードの車両の場合など変な転換腰掛を使うよりも,座り心地のよい固定のもののほうが好ましいように思える.インテリアのカラーリングはコーポレートカラーを利用して,フレッシュでさわやかなものとした.たとえて言うなら,初夏の北海道といったところであろうか.

JR北海道 フライトナンバー508トレイン 平面図