京急,特別貸切列車『ありがとう800形』を運転

京急,特別貸切列車「ありがとう800形」を運転

▲特別貸切列車『ありがとう800形』に使用された823編成  京急ファインテック久里浜事業所にて

京浜急行電鉄では,2019(令和元)年6月16日(日),特別貸切列車『ありがとう800形』が,品川→久里浜工場間で運転された.

 これは,800形の引退を記念したもので,4月に発売された「さよなら800形記念乗車券」を購入した方のなかから,抽選で50組100名が招待された.使用車両は800形のうち最後まで残ったリバイバル塗装車の823編成で,前面には800形の愛称にちなみ,だるまを模したヘッドマークが掲出された.

だるまを模したヘッドマーク

▲だるまを模したヘッドマーク

 品川を9時2分に発車した列車は,途中,乗務員交代のために金沢文庫に運転停車した以外,全駅を通過し,100km/hの高速走行となる区間もあり,参加者は最後の800形の乗り心地,音などを味わっていた.列車には,吉川正洋さん(ダーリンハニー),岡安章介さん(ななめ45°),南田裕介さん(ホリプロマネージャー)も乗車し,アナウンスを行なったほか,検札のために各車を巡回し,乗客と写真撮影を楽しむシーンも見られた.また,すれ違う列車の形式を対象としたビンゴ大会も開催され,ビンゴを達成した参加者にはオリジナルグッズがプレゼントされた.

左から岡安章介さん,吉川正洋さん,南田裕介さん

▲左から岡安章介さん,吉川正洋さん,南田裕介さん

 9時58分に久里浜工場に到着したあとは,吉川正洋さん,岡安章介さん,南田裕介さんによるトークショーが開かれ,800形の車両撮影会が行なわれた.撮影会では,種別・行先表示が何度か変更され,参加者は思い思いの角度で800形をカメラに収めていた.撮影会の最後には,行先表示幕を黒幕とし,前面の窓に「蒲田—穴守稲荷」の表示板が掲げられ,これには参加者から驚きと喜びの声が上がっていた.

「蒲田—穴守稲荷」の表示板

▲最後に掲げられた「蒲田—穴守稲荷」の表示板.1991年から1993年にかけて,空港線延伸工事のため,穴守稲荷以東が営業休止となっていた際に使用されていたもの.

 撮影会のあとは,クイズ大会などが行なわれ,工場内でのイベントは終了.参加者は1700形1719編成を使用した臨時列車に乗車し,吉川正洋さん,岡安章介さん,南田裕介さんに見送られながら,久里浜工場をあとにして京急久里浜へ向かい,到着後解散となった.

京浜急行電鉄800形

▲写真:京浜急行電鉄800形  編集部撮影  久里浜工場にて  1979-11-8(取材協力:京浜急行電鉄)

 800形は,1978(昭和53)年に導入された車両で,当初は3両固定編成であった.都営浅草線に乗り入れない地上専用の車両であることから,前面に貫通扉はなく,久々の前面非貫通車となった.当時,前面ブラックフェイスの車両が登場するなか,車体をバーミリオン,窓周りを白塗装とした姿から「だるま」の愛称でファンに親しまれた.普通列車を中心に運用されることから4扉としたが,片開き扉が採用されている.これは,車体中心に配置した1灯式前照灯,前面のアンチクライマーなどとともに,戦後の京急車両の伝統を引き継いだものであった.いっぽうで,京急初の界磁チョッパ制御などの新技術を採用し,デザインも高く評価されたことから,1979(昭和54)年には京急初のローレル賞を受賞している.

右手ワンハンドルマスコンも見納めに

▲800形の運転台.右手ワンハンドルマスコンも見納めに.

 800形の引退により,京急からは4扉車がなくなり,これまでの京急車両に見られた分散式クーラ,客室内の扇風機,800形と2000形のみが備えていた右手ワンハンドルマスコンも姿を消すことになる.京急によると800形の今後の処置は未定とのことだが,東京池袋の藤久ビル東五号館1階には,デハ812-6のカットモデルが,西武クハ2098,東急デハ7702とともに保存されている.保存に至った経緯については本誌2017年10月号2019年4月号に掲載しているので,そちらをご覧いただきたい.

特記以外の写真はいずれも百々貴俊撮影(取材協力:京浜急行電鉄)