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〜『鉄道ファン』1989年3月号から〜

21世紀への“走るホテル&rdquo

★Economy Zone

ではもう一つのクラスのエコノミーゾーンものぞいてみることにした.さすがにロビーカーから次の車両に移ると心持ちジョイントの音が大きくなったように感じた.しかし,Pゾーンと比べてのことで,音自体は従来の車両よりも格段に小さく抑えられている.Eゾーンも中間のカフェ&ベンダー車から前後でやはりグレードに差がある.
(1)Solo(Petit-Solo)
ロビーカーに続く8・9号車は”北斗星”でデビューしたソロだが,この列車では室内の高さが改善され,各部屋に洗面台やAV機器が備え付けられるなど,かなりグレードが上がった.ベッドのパットも厚くなり,落ち着いたタータンチェックの柄が新鮮だ.また,車両の断面は二階構造に近く,通路は従来どおり片側のみだが,下段の部屋には階段を下ることとなっている.ルームチャージは10000円.なお,台車部分には”北斗星”と同様の構造のプチ・ソロもあり,設備は通常のソロと同じレベルだが,こちらは値段が8500円と低く設定されており,天井高さのあまり気にならない小柄な女性などには好まれるだろう.9号車にはシャワールームが設置されており,この部分が8号車では談話室となっていて,寝る前の一時をおしゃべりに花を咲かせることもできる.

図面
断面図
Solo

Solo エコノミーゾーンの上級クラス「ソロ」.車両断面を二階建車のように下方向もぎりぎりまで使って「ソロ」の上下方向の寸法を拡大し居住性を向上している.

(2)Duet & Quartet
7号車は,やはり二階構造だが,部屋の構成がデュエットとなる.デュエットの階下室のベッドは従来とは異なってレール方向に配置されており,また簡単な操作でベッドをくっつけることもでき,家族連れの場合は便利だろう.ルームチャージは18000円.また台車部分は,上下に二つのベッドが備わったデュエットが六部屋あるが,乗客の希望によって二部屋をつないでカルテットとして利用することも可能だ.こちらをデュエットで使う場合は16000円,カルテットで使う場合は30000円となる.ソロ同様,洗面器とAV装置は標準で付く.

図面

(3)Cafe & Vendor
6号車はEゾーンのオアシスで,セルフサービスのカフェとなっている.車両の中央にキッチンがあり,簡単な調理品を売っているほか,ショーケースの商品の会計や,惣菜の加熱などもしてくれる.また,歯磨きやタオルといった小物も取り扱っており,ちょっとしたコンビニエンスストアのよう.ショーケースの脇のドアを出るとドリンク類の自動販売機が並び,車端には従業員用のトイレが設けられている.反対側にはカード式の公衆電話があり,続いてフリーザーのある倉庫となっている.

図面

(4)Capsule
2~5号車は従来のB寝台に代わるカプセルというグレードとなった.この車両の特徴は,B寝台の各ベッドに代わってカプセルホテルに似たユニットが設置されていることで,各部屋の入り口は,通路側と窓側に交互に配置されており,ぐんとプライバシーが向上している.各ユニット内には,テレビと,エアチューブ式のイヤホンによるAVサービスも導入され,夜も退屈しなくなった.しかし,ユニットごとに窓があるとはいうものの,幅方向が窮屈なため,車端には小さなロビー風の談話室が設けられている.価格は7000円で,特急料金がなくなった分実質値下げとなった.

図面
Capsule

Capsule Eゾーンのメイン・カプセル.入口が交互に配置されているため,プライバシー確保のレベルは高い.

(5)M.W.Seat & Observation
1号車は半分が座席で,一番博多寄りの部屋がObservation(オブザベーション:展望車)という構成になっている.高速バスの普及とともに,主要都市間にはデラックスな設備を誇る夜行バスも運行されていて,廉価版の夜の旅としてけっこう人気が高い.このような気軽な旅も寝台列車のメニューの一つにと,“Milky Way Seat”という21席分の座席が設けられている.ソロと同じタータンチェックの柄の座席は寝ることを前提に設計されており,このための様々な工夫が随所に見受けられる.寝るときを見てみよう.アームレストの“Sleep”スイッチを押すと,バックレストがリクライニングされるとともに,座面との段差をなくすために,リクライニングの支点が下がる.またバックレストの左右がせりだして寝た状態の姿勢を安定させてくれる.レッグレストが上がるのは当然だが,さらにレッグサイドサポートが出て,不用意に通路に足を投げ出す行儀の悪い姿勢を披露せずにすむようにとの配慮だそうで,以上はワンタッチで設定される.そしてスリーピングシェルを下ろせば寝顔を見られる心配もない.寝ている間の隣のノイズ!は,ヘッドレストに埋め込まれた左右の小形スピーカーからのオーバーナイトBGMで相殺して安眠を確保することができるようだ.さらに,バスのように窮屈な空間に長い時間拘束されることもなく,列車内の様々な設備を利用することができるというメリットも大きく,しかも4000円と,従来の特急料金並みの値段でこの設備は大幅なプライスダウンと言うことができるだろう.
 列車最前部の展望室は,簡単なバーコーナーとラウンジシートからなっている.こうして見ると,Eゾーンでは随所にフリーのシートが設けられており,寝る場所と座る場所の機能分離に気を使っていることがわかる.Eゾーンの車両でもベッドに入るまでの時間を楽しくすごすことが可能となったようである.好みの場所に腰掛けて,水割りでも傾けながら推理小説でも読み始めたら,列車の乗車時間はことのほか短く感じることだろう.
 さて,この車両のもう一つの重要な役割は,各車両への電源の供給である.“あさかぜ”の走行する区間は,全線電化されているため,架線から集電した電源をインバータを介して各車両へ供給する方法が採られた.このため,展望室の天井はパンタグラフを搭載するために少し低くなっている.交流区間と直流区間の切り替えは,地上信号を受けて自動的に行なわれる.したがって,交流からの受電用のトランスや整流器も,この1号車に搭載されている.

Milky Way Seat

Milky Way Seat お手頃価格での夜の旅を提供.エアによるパワーシートですべての操作がスイッチ一つで可能.

図面

★Have a nice trip

そろそろ20時.ちょっと遅めの我々のディナーの予約時間になったのでメインダイニングに行くことにしよう.今日のダイニングの愛称は「アンドロメダ」.斜めに輝く美しい星雲の浮き上がるワイングラスで,楽しい夜へのプロローグに乾杯しよう.
 フルコースのディナーを終えるころには,すでに静岡を過ぎていた.食事の支払いは伝票に部屋番号とサインをするだけで済み,精算は翌朝部屋にStaffが来てくれる.もちろんその場でクレジットカードを提出すればサインひとつで精算できるのは当然のことだ.
 さて,最後部のバーカーに行こう.列車の運行開始直後ということもあって,かなり込んでいて,案内されたのはカウンターの前であった.真新しいメニューには当然のことながら,様々なカクテルの名前が並ぶ.ついぞカクテルなど口にしない我々にはどのカクテルがよいのか迷ってしまい,バーテンにオリジナルを頼んだ.シェーカーからグラスに注がれたのは淡い乳白色でちょっと甘口,ほんのりココナッツの味がした.「MILKY WAY」というのだそうで,女性にも好まれそうだ.そういえば,あの“オリエント急行”にもオリジナルのカクテルがあるとバーテンが教えてくれた.22時から二度目のステージが始まった.アルトサックスの響きとベースのリズム,そしてスタカットなピアノが心地良く,ついつい時間の経つのを忘れてしまう.気が付くともう名古屋に近い.せっかくのFツインの居心地も楽しみたいので,ステージの続きは部屋のテレビで楽しむこととしよう.
 部屋に帰ってスーツを脱ぐと,なんとなくほっとする.そのままベッドに横になると,かすかにジョイントを刻む音が響いて列車の中にいることを感じる.思えば,寝台車両も変わったものである.かつて,20系がやはり“あさかぜ”でデビューしたときも「走るホテル」という愛称をいただいたそうだが,この90系“あさかぜ”は,再び,同じ愛称をもらうに相応しいグレードに仕上がっているように思う.

オリジナルカクテルの「Milky Way」.天の川のイメージで,淡い白が照度を落としたバーのカウンターで輝くようだ.ソロのピアノを聞きながらがベストマッチ.女性にもおすすめ.

glass

ルージュのワインにグラスのアンドロメダのシンボルマークが美しく浮かびあがると,ハートフルなディナーの始まり.

すばらしい夜に「乾杯」.

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いかがだろう,少しは新しい列車のイメージを感じていただけただろうか.ちょっと構造的な説明が少なくて物足りない読者諸兄もいると思うが,あえてハードウエアの説明を少なく,かわりに列車に乗る前からの接客などの面を多くさせていただいた.つまり,これからの特に寝台列車にとってはソフトウエアの充実が特に重要と考えられるためである.もちろんそれにふさわしいハードが準備されていることは前提条件だが.JR各社も“北斗星”の成功や相次ぐ高速バスの開業で,ことのほか寝台列車に対する取り組みが盛んになってきているようだ.夜の旅のグレードアップを大いに期待しよう.そして,199X年が少しでも近からんことを祈りたい…….

フリーランス プロダクツ

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