〜『鉄道ファン』1989年2月号・3月号から〜

21世紀への“走るホテル&rdquo

*20系客車が登場して30年目を迎えた1988年は,新しいブルートレイン“北斗星”の誕生や,はるばるヨーロッパからあこがれの“オリエントエクスプレス”が来日するなど話題の多い年であった.折りも折り,Model Railroader誌の4月号には,New York Central鉄道の“20世紀号”がすばらしいイラストと詳細図面入りで紹介されていた.1938年,今を遡ること半世紀も前にアメリカではすでにこのように設備の整った列車が運転されていたことは,驚きであるとともに,いまさらながらにアメリカの持つパワーを見せつけられた思いであった.現在,旅客鉄道の衰退が言われるアメリカでも,いくつか残っている大陸横断列車にはスーパーコーチなどのまさに豪華な寝台設備を整えた列車があり,ヨーロッパには,さきの“オリエントエクスプレス”に代表されるような,すばらしい内装とサービスを誇る列車が多く見られる.“北斗星”程度で「豪華」という形容詞を捧げては,旅客鉄道王国を誇る日本の沽券に係わるということで,ひとつ「鉄道ファン」の貴重な誌面をお借りして,我々の夢見る,欧米に伍して遜色のない新しい寝台列車像を2ヵ月の連載で具体化してみようと思うしだい.それでは,今月号ではまずあなたを数年先の東京駅にお誘いしよう.

★Reservation Card

199X年10月,待ちに待った24系に代わる新しい寝台列車90系が東京―博多間に登場する.我々フリーランスプロダクツも早速この列車に乗って見ることにした.
 この列車の登場に合わせて,JRグループの寝台列車のシステムは大きく変貌をとげ,我々が手にしたのも従来の寝台券に代わる「Reservation Card」で,券面には「T.AZUSA/K.ASHIYAMA,“あさかぜ”PゾーンFツイン」と記載されており,かつての~号車~番上段といった寝台券の表現がずいぶん古めかしく感じられる素敵なカードとなった.さらに,発車時刻は記載されているが,下車駅は指定されておらず,「博多までご利用いただけます」と書かれているのみ.つまり,夜が明けて最初に停車する小郡から博多までのどこの駅に降りても同じ料金となったのだ.ちなみにFツインは2人分の運賃を除くルームチャージで8万円と少々割高だが,列車内でのサービスを考えると,そこそこの値段という気がする.
 さて,今回は試乗を兼ねて久々に九州を回って来ようという計画で,荷物もいつものカメラバックの他に大きめのスーツケースが一つある.せっかく新しい豪華車両に乗るのだからということで,事務所から東京駅までハイヤーを奮発することにした.

★Tokyo Station

3年の歳月をかけて建設当時の姿にリフレッシュされた東京駅は,煉瓦の色が一段と鮮やかとなり,優雅なドームに改装された南北の駅舎の屋根が大正ロマンを彷彿させる.その中央口と北口の中間に新たに車寄せが設けられた.我々の乗ったハイヤーは,発車の時刻よりは少し早めに到着した.車寄せには,「Milky Way Staff(以下Staffと略)」というホテルのボーイに相当する若い男性が3人立っていて,ハイヤーが着くが早いか,開けられたトランクから荷物を出しはじめていた.我々が降りると,すぐさま「お名前は」と聞かれた.
 荷物をカートに載せたStaffは寝台列車Pゾーン利用客専用の通路を進む.明度を落とした通路の天井には無数のミニライトがちりばめられ,これからの新しい旅への期待が広がる.通路を抜けるとホテルのロビー風のスペースが広がる.ここが“ステーションロビー”で,フロントがあり,ホテルのようにチェックインが行なわれるのだ.予約券を出すと,住所・氏名・旅行の目的地などを記入する宿泊カードの記入を求められた.記入を終わると,乗車券に相当する「Milky Way Ticket」が準備されていた.「列車のフロントにお預けになるお荷物はございませんか」と聞かれた.とくに必要のないスーツケースを預けることにしたが,乗車中に必要になればいつでもStaffが部屋まで持ってきてくれるとのことで,これは飛行機よりも便利だ.なんでも,限られた空間を少しでも有効に利用してもらおうという趣旨で始められたサービスだという.荷物と引き換えにクレームタッグを受け取ると,「ご乗車まで少し時間がありますのでしばらくお休みください」とロビーのソファに案内された.ここのデザインは,車両のロビーカーと共通なっているそうだ.「途中の駅からご利用になるお客様は,ロビーカーの方でチェックインすることができます」とStaffが教えてくれた.女性のStaffが「フリードリンクでございます.なにかご希望のお飲み物はございますか」と注文を取りにきたので,ちょっと時間が早いかなと思いながら水割りを注文した.

ステーションロビー

ステーションロビー ここでチェックイン.「走るホテル」のサービスはすでにここから始まる.乗車までのひとときはフリードリンクで好みの飲みものが無料だ.

MILKY WAY STAFFの女性職員

「いらっしゃいませ」 MILKY WAY STAFFの女性職員
ユニフォームは車両のカラーと共通のイメージのパープルグレー濃淡
ロビーカーまたはステーションロビーとリアルタイムのコンタクトが取れるようヘッドセットを着用する
「ちょっとお待ちください」などと言ってロビーカーまで何両も走る必要はまったくなく接客サービスを効率的にこなすことができる

★Boarding

発車の10分前になるとStaffが「お部屋までご案内いたします」と荷物のカートを押してやってきた.ロビー奥のエレベータに乗ると間もなく見慣れた東京駅のホームに出たが,さらに車両までは専用のガラスで仕切られた通路があり,一般の利用者は直接ロビーカーから乗車することはできない.さて,注目の列車の外装は,伝統のブルーのカラーを脱し大きくイメージを変えている.日没直後の,そして日の出の直前の地平線近くの空の微妙な表情をイメージしたというパープルグレー濃淡のツートーンボディは,新鮮な中にも落ち着きがあり,グレードを感じさせて,「走るホテル」と呼ぶに相応しい配色だ.Staffのユニフォームも同系色で統一されている.列車に乗務する女性Staffに迎えられて,今までになく広いドアを入るとそこが列車のロビーだ.ガラスのパーティションの右側には銀河のイメージのモニュメントが輝く.奥には,途中からの利用客のためのフロントがあるが,我々はすでにチェックインを済ませているので直接部屋に向かう.Staffはここで,我々が預けることにした荷物を列車に乗務するStaffに渡していた.2両ほど通路を抜けた13号車が我々の予約したFツインのある車両だ.ちなみにこの列車は博多行きの場合,後ろの車両ほどグレードが高くなっている.「1両おいたうしろの車両がメインダイニング,そのうしろがバーとなっています.今日のステージは列車の運行開始を記念する特別プログラムで,W氏のバンドのライブを予定しております.お越しの節はご面倒でもスーツのご着用をお願い申し上げます.本日の列車のマネージャーは新井でございます.ご用の節はどうぞご遠慮なくお申し付け下さい.では楽しいご旅行を」というさわやかなあいさつと,電子ロック用のカードを置いて戻っていった.

ホームへ

チェックインしたロビーからエレベータに乗ると,ホームに出る.列車まではさらに専用の通路が設けられ,寒い思いをすることなく列車に乗車できる.この通路を通ることがひとつのステータスとなる!列車はすべての準備を整えて今夜のゲストを待っている.

14号車
編成図

★Departure

いよいよ出発時刻だ.車両間の連結器も改良され,油圧シリンダー方式の小形バッファが車側に設けられたため,発車の振動は皆無となり,ようやくヨーロッパの列車と互角の乗り心地が実現した.滑るように東京駅10番ホームを離れると,レールの継ぎ目や,車外の音が極めて小さく抑えられていることに気がつく.新しい床構造とPゾーン各部屋のドアがプラグドアとなった効果が大きいようだ.寝台列車に乗って眺める東京の風景は,何かいつもと違う印象を持つものだが,今日は特に違う国に来たような不思議な印象だ.今までとまったく違う乗り方をしたせいかも知れない.通常,列車に乗ると真っ先に行なわれる検札は当然省略されているが,なにか物足りない感じもする.多摩川を渡る頃,公佐が「横浜でのチェックインを見てみよう」と提案.早速ロビーカーに赴くこととした.
 すっかり日の落ちた横浜駅.ロビーカーが停車する場所のホームには,ガラスで仕切られた待合室が設けられている.冬でもホーム上で寒い思いをすることもなくなった.停車位置まではダークパープルのじゅうたんが敷かれており,乗客から預かる荷物を持ったStaffと駅長が列車の到着を待っていた.Staffは荷物を車両のStaffに渡すと,待合室のドアを開けて,乗客を列車に案内した.駅長の敬礼の見送りを後にするころ,新たに乗車した客は,ちょうどチェックインをしているところ.利用者カードは列車でのチェックインでは,揺れて書きにくいことを考慮して,通常はStaffが記入,乗客は自分のサインをするだけと,細かいところまでよく考えられたシステムとなっているのには驚いた.とても10年前の会社と同じ会社とは思えない変貌ぶりだ.

ロビー

Lobby 途中駅から乗車する場合は,ここでチェックインできる.大きな荷物はここで預かってくれるほか,旅行案内や着駅でのタクシー等の手配もできる.

----------
ほかのページはこちら